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フェミニズム忍者ゲーム

【あらまし】 SEGA製アクションゲーム「Kunoichi」と「Shinobi」を比較してみると前者は後者にくらべて著しく爽快感に欠ける特徴がある。ゲームが苦役化してしまっているのである。「Kunoichi」は「Shinobi」の続篇であるが、前作にあった爽快感が何故続篇で欠如することとなり、市場の評価を下げたのかについて考察する。
【キーワード】 [Kunoichi][Shinobi][ネタバレ注意

以前拙ブログでも取り上げたSEGA製アクションゲーム「Kunoichi」なんですけど、そこにも書いたようにステージ11でgive upして暫く放置してました。

で、放置中に何をしてたのかと言いますと...「Kunoichi -忍-」の前作である「Shinobi」をこれまた480円で買ってきてチミチミとプレイしていたわけです。

いやー、匿名レビューは頼りになりますな(笑)。評価の通り良作でした。「Kunoichi」と同じようなゲームシステムではあるんですけどね。こちらは非常に爽快感がある。カタルシスが得られるというか。イヂワルな部分と気配りされている部分のバランスがよく取れているという感じですかね。

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別に楽チンというわけではないのですがストレスなくプレイしてラスボスの陰陽師「産土(うぶすな)ヒルコ」を倒してクリア(←easyモードですけどね)出来ました。途中に入るムービーを好きに再生できる特典を得るには家紋コインを10枚獲得しなきゃいけないみたいだったので、いくつかのステージをnormalモードで再プレイしてみて一旦「忍」務終了。オモシロかった!

さて、それから「Kunoichi」に戻ってステージ11に再チャレンジしたんですけど、いやー改めてイヂワルだな、と。「Shinobi」にも「Kunoichi」ステージ11と似た面はあったけど、意味不明なイヂワル(壁や柱が途中で張り付き不能になっているとか滝が無闇に流れてて落とされるとかetc...)は無かったもんな。

それでもなんとかクリアしました。「Kunoichi」のステージ11と12は「Shinobi」ではステージ8-Aと8-Bにあたるもので、どちらも「黄金城」という建物の外周と内部が舞台になってます。印象はまるで違いますけど。

あと「Kunoichi」はビギナーモード(操作簡略化モード)というのでクリアしたのですが、クリアしても特典はゼロ。それどころか一旦クリアしたら勝手にセーブデータを消されました(萎)。ビギナーモードでは各ステージをクリアしてもステージセレクトが可能にならないのでこれは困る。ステージ13(ラスボス「黒鋼(くろはがね)F」との対戦)をまた後で楽しもうと思ってたのになあ。なんか勢いだけで勝ってしまったんで。

そういうわけで、今度はeasyモードで最初からやり直してみました。で、今のところまたステージ11までは来たんですけど、その先をやる気力が中々出ません。しばらくまた放置しそうです。

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さて、まあ色々あるわけですが、一応両ゲームをクリアしたので全体のストーリーは見えました。で、両者ともストーリーとゲームシステムが密接な関係を持っているみたいだなあ、と。

プレイヤーが操作するキャラクターというのは、例えば物語を読む読者が主人公の内面を通して物語内部世界をみていくというか世界に没入していくのと同じようにゲーム世界を媒介するものなわけです。

「Shinobi」でいえば、何者かによって封印を解かれて復活した陰陽師「産土ヒルコ」が皆殺しにした忍者組織「朧」一族の若き当主にして唯一の生き残りである秀真(ほつま)を通してゲーム世界に没入していくわけですよ。戦う相手はヒルコがその咒力によって操る朧一族の死者たち(&魑魅魍魎)という切なさ。

オマケに彼が使う妖刀「悪食(あくじき)」は威力こそ凄まじい(←敵を連続で斬ると最大60倍の破壊力になる)ものの倒した相手の汚れた霊である「魄」を吸い続けなければならず、それができないと今度は秀真の魂を喰い始めるという厄介なシロモノでもあって常に気が抜けないのですよ。

とはいえ、物語としては割とアリガチというかシンプルな構造をしています。善悪でいえば絶対悪ともいえるヒルコを倒すことが目的。これは全然揺るぎません。あとヒルコを倒す動機は山ほどある上にゲーム中に常に補強されていきます。

で、このゲーム世界で秀真はどういう扱いをされるのかというと「一目置かれる存在」なわけです。滅亡したとはいえ朧一族の若き当主で、古来から連綿と続く「悪食使い」の一人なわけですから。

かつての部下たちは操られて敵となっても「さすがはお頭...」とか「あなたほどの腕なら...」とかなんとかいいながら魄を残して消えていきます。ヒルコ直属の手下である化け物たちが煽るときも「それでも朧の当主ですかプゲラ」みたいな感じなんですよ。

あと実はヒルコの封印を解いたバカヤロウは「朱刃(あげは)」という女なんですけど、そいつが煽るときでも「操られている死者とはいえ昔の仲間を躊躇なく斬れるなんてさすが当主ね」という皮肉になっちゃうわけで。

ちなみに朱刃は別に朧一族を滅ぼそうとかそういうつもりだったのじゃなくて、単に彼女が愛していた守恒(←当主決定のための決闘で秀真に斬られた)という秀真の兄貴をヒルコの咒力で甦らせてもらおうという短絡&近視眼思考でやらかしたということになってます。

愛に狂って周りが見えないバカ女の振る舞いが共同体を破滅させる...というこれまたアリガチなネタですな(笑)。

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さて、ちょっとマトメますかね。

「Shinobi」をプレイするとプレイヤーは秀真を通して以下のようにゲーム世界との関わりを持ちます。

☆世界を救うために巨悪と戦うヒーローとしての自分
☆バカ女がやらかしたことの後始末をする責任感のある自分
☆敵およびかつての部下達が本音で敬意を向けてくる自分
☆どんな敵も一撃で倒せるほどムチャクチャ強い自分

あと補足としてこんなのがありますかね。

☆「悪食」と一体化して敵を食料のように見る自分
☆ヒルコの子孫で生け贄にされかけた「篝」を庇護する自分

上のはアレです、悪食が飢えてくると秀真の体力を削ってくるので「悪食の飢え=秀真の飢え」みたいになってきて、飢えているときに敵に出くわすと食料みたいに見えてくるのですよ(笑)。相手が多かろうが強かろうが、悪食はもっと強いというか最大60倍に強化可能ですから負ける気はしない。肉食動物が草食動物を見るような攻撃的目線になってきます。

下の方はオマケみたいな話なんですけど、倫理にかかわる点でアレかなと。自分の子孫を平気で生け贄に使おうとするヒルコの邪悪さに対して、それを防ぐ為に自分を殺してくれという篝。で、それがヒルコの野望を阻止するためにもっとも確実で安全な方法と知りつつも篝の頼みを断わり彼女を庇護する秀真の気高い倫理性。朱刃のことも別にあんまり責めないしね。ココロが広いというか。で、一瞬表れた兄貴の霊にも褒められてたし。

まあ、なんつーのでしょうね、プレイヤーが大変気持ち良くなるような感じでゲーム世界と関われるわけですよ。だからゲームとしての難度がやや高くても総体としての印象は極めて「爽快!」になるのでしょう。

で、一方の「Kunoichi」なんですけど、こっちはヒドイ(笑)。比較してみますかね。プレイヤーキャラクターの緋花さんはコケにされまくりです。

秀:朧一族の若き当主
緋:朧一族出身で当主の血筋だが女子なので分家に里子に出される

秀:ヒルコを倒すという揺るぎない動機と目的を持つ
緋:政府当局からの適当な命令でわけもわからず戦ってる

秀:代々伝えられた妖刀「悪食」を使う
緋:悪食の劣化コピー刀「現身」を使う

「Kunoichi」では「悪食」は9つの欠片にされていて、最終的にはその争奪戦という様相になっていきます。その中で悪食を巡って敵対していた勢力同士が裏であーなってこーなって、とかグチャグチャしてる。「Shinobi」と違ってシンプルじゃなくてわかりにくい。続篇の宿命でしょうか。

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あー、で、両者を比べたときに一番大きく違うのは各ステージボスのリアクションですかね。

秀真は主に元部下やヒルコ配下の知性があって話すことができる式神と戦います。で、前にも書いたように彼らは秀真(を通してプレイヤー)に一定の敬意を示すわけですね。一目を置くというか。

それに対して緋花が戦う相手は、たとえば式神だと巨大な虫の姿をしていて知性があるようにも見えないし、ただ無味乾燥に戦うだけの相手でしかないわけですよ。あと中臣財閥傭兵忍部隊の抜忍とも戦うのですが、これがね(苦笑)。

簡単に言いますと、緋花(を通してプレイヤー)をバカにしつつ甘えてくるのですな。甘えるというか、欲望の対象にしてくるというか。

オマエを生かすも殺すもオレしだいだ!みたいなことを言ったヤツ(戦ってみたらものすげー弱い)が負けてから「師匠に似てますなあ...」「似てねーよ!自分で学んだんだ!」「いやいや、師匠に似てますよ...ところで介錯してチョーダイお願い」みたいなやり取りになって緋花はわざわざ墓標まで用意してやるという人の良さ。

「オマエってさ師匠に散々身もココロも尽くしたのに捨てられたんだろーへへへ...今は若い女をつれてるぜアイツはよーいいなあ...」とか古傷に触る無礼なことをいってきた阿呆は(やっぱりスゲー弱くて)美しく死にたいという欲望を持っている変態ヤロウで、緋花がブッ刺した悪食の欠片に魄を吸われて消滅するという死に方が出来て大喜びしてたし。

あと上でちょっと出て来た「若い女」は粋がって「オマエが悪い!オマエのせいで地蟲は死んだんだ!オマエを殺す!」とか突っかかってきたくせに(やっぱり弱くて)負けたあとズーズーしくも「もう誰も私に命令してくれない」「自分はどうしたら良いのか」「誰を憎めば良いのか」とか人生相談してくるし。しかも橋が崩れて落下死しそうになったところをまたまた緋花はお人好しにも助けてやった上に「私を恨んで私を殺しにきなさい」とか当面の目標を与えてやったりするし。

元師匠だった地蟲っていうのもまあ、負けてから調子良いこといってたしな。オレの後をついでくれとか。それまでずーっと「オマエはわかってない」とか「弱い」とかバカにしたことをいってたくせに。

仕舞にはラスボスの黒鋼まで緋花をドツキまわした上にヘルメットの後ろのヒラヒラを掴んで締め上げたりする無礼を働きつつ色々ゴタクを並べたあげく「ボクの主(あるじ)になってよう!」とか言い出すし(→参考動画)。

それと緋花に指令をあたえてくる政府当局の上司(?)がまた無駄に感じ悪いし。緋花ちゃんが「へー、私のことを気にかけてくれているの?」とか「御苦労様の一言もないのね...」とか甘えようとしてもガン無視で煽ってくるし。

こういう一連のなんつーのでしょーね、ゲーム世界から緋花を媒介してプレイヤーに送られてくる不快な態度(←バカにしてナメた態度でしかもアレやってコレやってという要求ばっかりしてくる)というかメッセージがゲームの難度以上に爽快感を削いでいるんじゃないか、というかなんか変な感じがするんじゃないか?と思ったですよ。

で、気づいたのですな。私は。

これってもしかして普通に女子が世界から受けている態度なんじゃねーの?っつーか。だから男子であるオイラなんかがプレイするとすごく変な感じがするというか違和感があるというか。

プレイヤーが操作するキャラを女子にするというのは単に見た目がアレだから...という感じなのかと思ったら、実はこの「Kunoichi」というゲームは割と本格的に女子が見る世界、女子にとっての世界をプレイヤーに体験させるシロモノに仕上がっていたんじゃねーの?つまりフェミニズム的視点でアクションゲーム世界を見る体験をプレイヤーに強いているゲームなんだよ!!!オレ今すごいことに気づいた!!!!

・・・という読みはどうなんでしょうね(汗)。案外ホントかもと思うですよ。

緋花は幼少の頃に家(←英語の論文とかだと"ie" になっててちょいアレですが)的共同体から迫害されていたことになってます。で、そこを師匠の地蟲に救われると。

そんで師匠の言いなりになることで、家的なものの呪縛からは逃れられた気がしていたけど、その師匠が自分を残して失踪したことで大変な目にあったと。結局誰かの言いなりになってしか生きられない自分という存在は変わってなかったと。共同幻想→対幻想っていう吉本隆明のアレですかね。上野千鶴子先生がどこかで大変衝撃をうけたと語っておられたような記憶もありますが。

そんで緋花は今度は仕方がないので「国」の命令を受けるようになるわけですな。政府当局に雇われて言われた通りに命令を実行していく存在になっていたと。

ゲーム世界で緋花は秀真よりかなり弱い攻撃力で、特に使命感も目的もないのに言われるがままに淡々と敵と戦う存在なわけです。しかも敵との戦いは無味乾燥な上に面倒で過酷なタスクでしかない。

相手は基本的に自分とは何の関わりもない存在だし、大部分は大きな虫の形をした式神。虫を倒してもねえ。虫に倒されるのはもっと嫌だけど。スターシップ某に迷い込んだかと思うくらいですよ。

で、そんな連中なのに無駄に数は多いし秀真より複雑で微妙な操作をして戦わないといけないし。装甲つきの相手だと装甲をキックで壊してからじゃないと刀で攻撃できないしとかものすげーストレスフル。

これもアレですかね、シャドーワークというか評価されにくい主婦の家事とかを象徴的に表しているんですかね。

まあ、そんなこんなでステージ13でラスボスの黒鋼Fを倒して「悪食」を回収したあとトドメにこんなこと↓を言われるのですな。

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「命令に従っていればいいのだ」て。

大変な苦労をして回収(←さすが妖刀だけあって勝手に欠片から再生しているんですけどね:笑)した「悪食」をあろうことか政府と敵対していたはずの中臣財閥傭兵部隊に渡せと言われてるのですな。それに対して健気にも素直に引き渡した緋花さんに対してクソ上司(?)がこう発言してるんですよ。がっぺムカツク。セクハラ&パワハラだっ!

ま、でも最後の最後で緋花さんも一矢報いて良かったかな、って感じなんですけれどね。黄金城に向かう人の流れに逆らって歩く緋花さんの刀が...アレレという場面↓。

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なんつーか、妖刀悪食の唯一の欠点というかカッコワルポイントだった「蚊取線香型鍔問題」もこれで克服できたし(笑)。

あー、でも彼女の口癖「ツイてない」「ツイてる」というのもなんだか象徴的だったなあ。自分の意志で主体的に何かを選べるわけではない、偶然や運命に従うしかない、っていう意識の表現として使われているセリフだったと思うのですけど、抜忍となることを主体的に選択したように見えるシーンでコレを相変わらず言っているのがなんというか奥深いというか(→参考動画)。

ええと、猛烈に長々書いてきましたけど、やっぱりこのゲーム(「Kunoichi」や「Shinobi」)を作った人達はクオリティの高い人達だったんじゃないかな、というのが私の感想です。特に「Kunoichi」はゲームとして受けるかどうか?という点では甚だ疑問というか市場が既に結果を出している気もするのですけど、色々な読みの可能性を持っているという点では全く別方面からの評価というのも可能なんじゃないのかなあ、と思えてならない。

ま、そんな感じです。

あと今回は語りませんでしたが、「悪食」は様々にある妖刀の系譜の一つに則ったものではありつつも、それからちょっと外れた面白い特徴を持った刀だなあ、とも思いました。吸われた魂魄が「悪食の中で生きる」という解釈がゲーム中の言説空間でなされるところとかなんですけど。こんな感じ↓で。

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機会があったら語ってみようかな...。


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