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ナンシー関的フォースを感じた

ミディクロリアン値はかなり高いのではないか!見出したのはアルファブロガーR30氏

なにはともあれ北田暁大先生にはやくお知らせした方が良いのでは?ナンシー関的なものがどーの、と(本気か知らんけど)おっしゃってたようだし。コレあたりで。

ええと、発見されたのはこのブログ。言及対象と馴れ合う気ゼロな感じが清々しい。いかにもナンシー関的ではありませんか。通常のブログなら非難されそうなTB&コメント拒否という姿勢も後継者という意味では極めて正しい。この上はなるべくはやく消しゴム版画を作るスキルを身につけてもらいたいものです。

あとこのブロガーの文章を読んでてなんとなくこの映像を思い出した。いや、あんまり意味はないけど。

#以下、追記
ナンシー関への追悼発言をまとめたページを発見。こちらです。色々あるんですけど大月隆寛さんの「いつも心にナンシーを 高度情報社会の『常備薬』に」(毎日新聞 2002年6月20日夕刊 文化欄)を引用しておきますか。


 あのグローブみたいな、分厚いクリームパンのようなまるっこい手が、すごく器用に動くんですよ。あの消しゴム彫るのも彼女、主にカッターナイフだったはずで、それは自慢だったみたいです。「これできるの、あたしぐらいだと思いますよ、へっへっへ」と、珍しく自慢してましたもん。彫刻刀とかで彫るよりずっと難しいんだ、って。
 その彼女、ナンシー関の死について、語ります。
 80年代出自の価値相対主義思想の、その最良の部分が死にました。その限りでこれは、思想的事件です。ひと昔前ならば、たとえばサルトルが死に、三島が割腹し、中上健次が早世した、いずれそういう大文字の固有名詞と結びつけられて語られるべき、あるひとつの「時代」とその精神を象徴するできごとになっていたはずです。ナンシー関の死、というのは、岡崎京子の”遭難”と並んで、実にそれくらい、同時代を生きる者にとって大きな意味をはらんでいます。
 テレビにもの言う、というのは、これまでも評論家達のお家芸でした。古くは、大宅壮一に始まり、藤原弘達や細川隆元など、彼ら「オヤジ」評論家が何か「もの申す」時にはテレビは常に悪玉で、「衆愚」の権化として扱われてきました。テレビはバカであり、通俗だった。ゆえに、知性や、教養の側からは当たり前に批判されるもの、でもあった。今でもそれは基本的に変わっていません。
 けれども、彼女はそんなテレビを、そのバカで通俗なありようのまま、世間の多くが抱える日常の感覚の内側から眺めて語る、という離れ業をやってのけました。テレビを高みから見下ろすのでなく、バカで通俗なそのテレビと同じ空気を吸い、同じ場に生きている自分も共にひっくるめて眺める——そこに旧来の知性や教養を超えた「批評」が宿りました。
 それを可能にしたのが自己相対化——つまり「ツッコミ」です。バカで通俗なテレビに敏感に反応しながら、でもそんなテレビと共に生きるワタシって何、という自己相対化も必ずしている。月並みなニヒリズムに足とられがちな価値相対主義を一歩突き抜けて、彼女のそのスタンスは、「ツッコミ」がある種透明な自己抑制に昇華し得る可能性を見せてくれていました。そしてそれこそが、この高度情報社会における最も信頼すべき「主体」のありようを示していました。だからこそ、単なる売れっ子雑誌コラムニストの死にとどまらない衝撃が各方面に深く、静かに走っているのだと思います。
 ナンシー関に寄せるこの絶大な、しかしそのままで絶対に世の安定多数にはなり得ない無告の「信頼」というものを、もはや役立たずになってしまった活字出自の知性や教養ってやつは、さて、どれだけ謙虚に受け止められるか。それは正しく「政治」の問題であり、ごく普通の日本人、いまどきの「常民」に即した、気分のフォークポリティクス、とでも言うべき領域と関わってくるはずです。
 「いつも心にひとりのナンシーを」—— けたたましくもとりとめなく流れるばかりの、この情報化社会の真っただ中で、うっかりと舞い上がらず、不用意に自意識を肥大させてしまわず、身の丈の「自分」の立ち位置を確認し制御してゆくために、ナンシー関の残した仕事はこれからもなお、あたしたちがこの国でまっとうに生きてゆく上で欠かせない、言わば常備薬のようなものであり続けるに違いありません。

あー、なんで学者やめちゃったんだろー...と当時(?)誰もが思ったそうなんですけどね、大月氏については。私はそのあたりのこととしては「消えるヒッチハイカー」のオマケでなんか書いてたのを読んだ程度しか知らないですけど。

民俗学には柳田系と筑波大(東京教育大)系があってどーとか。そういえば大塚英志さんは筑波で民俗学やってたらしいですよね。あれ?でもリンク先をみるとこんな風に書いてある。


筑波大学第一学群人文学類卒。大学では日本民俗学を専攻した。本来研究者を目指したようだが、師事した宮田登には論文を学問向きではなくジャーナリスティックであると認識されたために、断念したという。しかし、大月隆寛によれば、大塚は宮田ゼミに所属していなかったという。

ま、だから何?な感じですけど。

#さらにお詫びと追記
送信に成功したので本来消えているはずの「相手先のトラックバックURLを入力」ボックスになぜか「R30::マーケティング社会時評」宛のURLが残っていて、追記を保存した際に飛ばしてしまいました(途中で気づいて中断したのですがダメでした)。もうしわけありません。

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Tracked on November 21, 2005 04:58 AM

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