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鉄が生まれた場所

橋野高炉跡っていうところがあります。なんでか知らんけど英語版パンフしか置いてない。


There are three blast furnace relics in this site. One of them was constructed as a temporary furnace in 1858, was repaired and named "Sanban Koro" (the third blast furnace) by Takato Oshima in 1858. Then Naka Tagusari and Genji Tagusari, the mining engineers in Hashino, cinstructed "Ichiban Koro" (the first blast furnace) and "Niban Koro" (the second blast furnace) by 1861.

ええと...最初に作られたのが「三番高炉」だと言ってます。作られたのが1858年。その後1861年に「一番高炉」と「二番高炉」が作られたと。「was repaired and named」ってところが実はアレなんですけどね。ちゃんと説明しないとわかんないんじゃないですかね。なんで最初に作ったのが三番なんだ?とか普通思いますわな。

うーんと、日本初の洋式高炉による鉄鉱石からの出銑の成功はこの三番高炉によるものらしいのですけど、その時点ではこれは実験炉というかナンバー無し炉だったようなんですよ。現地にある説明用立て看板には書いてありましたけどね、日本語で。(←イヤイヤ!"as a temporary furnace in 1858"って書いてあるやん!temporary furnaceで実験炉って意味だろ!←うるせーばか!←自己ツッコミうぜぇ!)

そんでその後、実験が成功したっちゅーことで本格稼働用の一番と二番が作られたと。その更に後で実験炉も本格稼働できるように改造されて三番になったっちゅーことみたいですわ。あとこの三番は最初の高炉でもあるし、近代製鉄史第一期最後の高炉でもあるみたいです。こことか見ると。

っつーか、ここ(←橋野高炉跡)に行ってみたんですけど、鉄に関するイメージがかなり変わりますよ、マジで。

スゲー山の中で、なんか地面全体が尋常じゃない湿気を帯びているし。流木で組んだみたいな素朴な鳥居があって「山神」(←直球すぎねーか?)って彫ってある石が立ってるし。あと側を流れる小川が親のカタキみたいな勢いで流れているし。

山の中なのは、鉱石や木炭入手の利便性と関係してるんでしょうね。もの凄い勢いの小川は(フイゴの駆動に)水車を使う関係とかかな。「タタラ」やってた連中がもともと山にいたってのも関係ありそう。

まあ、当たり前といえば当たり前なんですけど、鉄を生み出すときに使える材料は鉄以外なんですな。溶鉱炉っていうとなんとなく鉄製ってイメージがあったんですけど。この橋野高炉っていうのは石で組んだカマドみたいな奴にレンガで作った炉をぶっ刺したような構造だったらしい。で、現在残っているのはこの石作りの部分の一部なんですけどね、なんで三つともイイ感じに廃墟っぽく壊れているんだろう。っつーか誰が壊したんだ?

というか鉄もやっぱり他の分野と同じで、海外の技術を元からあった技術を利用して吸収というか接ぎ木した感じなんだなあ、とか思った。洋式高炉とかいっても大島高任は「日本式高炉」って呼んでたらしいし。

「車輪の再発明」といえば無駄な苦労の代名詞だけど、技術の接ぎ木には必要な過程なんでしょうな。生物の成長が進化の過程のトレースだったりするみたいに。大島が技術書を元に、っていうのは結局紙に記録されている不完全な情報(イメージ?)を使って、現実に機能する装置を作り上げて、ってことは紙面の情報と現実の高炉との間で不足している情報をなんとか補完して(48回の失敗の後で)成功するってことをやったときに、結局再発明に近い経験をしているってことなんでしょう。

で、これが可能だったのは類似の技術というか応用可能な技術の蓄積はもともとあったから、ってことなわけで。戯作文学と近代小説の関係とかも似たようなもんかな、とか思った。

あと製鉄に関して技術協力した英国の技術者はクソも役に立たなかったらしいですな。英国でのやり方をそのまま日本でもやろうとしてとにかくダメダメ。専門知識を用いて現実に(日本で)役に立つような応用が全然できなかったらしいですわ。

そういえば外国人の御用学者で有益な働きをしたのってアメリカ人が多いんじゃなかったでしたっけ?開拓の歴史があるので文化の移植に関してノウハウがあったってことかな。

ああ、そういえばこの高炉を評価しているのもアメリカ人みたいです。この看板にこう書いてあります。


昭和五十九年四月三日には、アメリカ金属協会(D・ブリックウィード会長)から歴史的遺産と認められ、「ヒストリカル・ランドマーク賞」を授与された。

あ!だから(?)パンフは英語版しかないのか!(←エエーッ!わけわかんないよ!)

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