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バトンの重みについて

いかがなものか。

どうもこういうものは皆こちら方面からやって来るような気がしなくもない・・・と思ったら誤解の模様。舶来らしい。


音楽に関するいくつかの質問が「バトン」として回ってきたら、自分のブログ上でこれらの質問に答え、次の 5 人を選びその人にバトンを渡す、というルール。

で、これは一見すると悪名高いチェーンメールなのだが、文面そのものをただコピーするのではなくて質問がやりとりされている点とかに創造性というか意味性があるので性質は違うのかな?と思わなくもない。

質問に対する人々の答えは様々だし、メールで送られた質問にブログで答えるというのもなんか新しい気もするけど、私が知らないだけで色々前例はあるのかもしれない。

結構マナーとかにウルサイ系の方々も特にメクジラをたてていないようだし、まあ昔と違って今の回線状況ならチェーンメールでダウンすることもないだろうし、別に何も不都合はなさそうではあります。

でもさ・・・なんで「次の 5 人を選びその人にバトンを渡す」なんだ?バトンっていうのはさ、バトンタッチというくらいで(←?)誰かが背負っていた責務とか仕事とか義務とかそういうのを別の誰かに受け継いでもらうってやつでしょ?ヒトリからヒトリに渡されるもんなんじゃないの?

バトンが増えていくってなんかおかしくね?バトンは一つだけであるべきじゃね?「次の人を選びその人にバトンを渡す」ってのが正しくね?
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こういう感じでさ。紳士なのに「おっさーん!」て。

それはさておき、まあ「なんとなく気に喰わない」というようなリアクションをしている人は見かけたけど、この点で疑問を呈している人は誰もいないようだったなあ。あんまり人々はこういうことは気にしないのか。

でもなあ、やっぱりバトンは一つの方が色々面白い気もするんだけど。一つだけのバトンならその経路を観客が追うことも可能だと思うんですよね。見物人も楽しめるわけで。

発表はブログ上なんで「次はどこが発表するのか?」とかいう興味で待ち構えることも出来るし。発表する方もなんか(ブログ界隈の)人々の興味が自分に集中すると思ったら頑張るんじゃないかと思うし。

現状みたいに、なんかバラバラにどんどん行き先が枝分かれしていくようだと網になっちゃって変なところでループしたりとかグチャグチャで今ひとつ面白味が足りないと思うんだけどな。なんつーのかチェーンメール臭さというかねずみ講的出自の痕跡みたいな気がする。「次の5人」ってところが。

まあ、「次の5人」というので重複しないというのが意外に難しいことを知って人々は「ねずみ講は儲からない」ってことを学習(←?)出来るからこれはこれで意義があるのかもしれないけどさ。

バトンが一つだと「次に回さない」ってのも色々勇気が要りそうだし、託した人との人間関係というか人間ドラマというかそういうのも見られそうなんだけどなあ。

ま、どーでもいーって感じではあるのだが。

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