« 過去記事参照のための整理法(2) | Main | ココログが重すぎるので »

神社について

揉めてますな。っつーか揉めまくってますな。

ええと、まずは青空文庫にある南方熊楠の神社合祀に関する意見を読んでみるのが良いのではないですかねえ、無料だし。と虚空に向けて提案してみたりする。

これを読むとどうやら神社というのは他の日本の習俗と同様に、明治維新を期にして表面上は変わっていない部分はあっても内実は大きな変化を体験しているようなのですよ。でも、詳しいことはわかんないんですけどね。神社運営組織の変遷とかをカルスタしてみないことには。

で、以下、こうした熊楠の意見を「あー、なるほどー」と軟弱に受け止めつつ、それをもとにしてアレコレ考えたことなんかをツラツラ書いてみます。

Kの国についての本を以前紹介したときみたいに誰かのお役に立てるかもしれないし(ex.こちらこちらなど)。現時点で想定しているのはこちら方面(←なんとなく最近は荒くれモノのツドイっぽくなってて言及するのはガクブルですが:笑)なんですけどね。


愛国心にまつわる話でのコメントだったのだが、俺はそんな風に考えているもんで、より以前の神道と、明治新政府くらいまでしかさかのぼれそうもない靖国神社を、どこまで組み合わせて「解釈」するべきか、いまだに考えがまとまらないのだ。

たぶん、神社が国家神道に組み込まれて行くときに、もちろん従来の神社のありかたみたいなのは蹂躙されてしまったんでしょうけど、それでもその断絶を境に完全に別種のものになったわけでもない部分も残されてはいるんじゃないか、と思ったり思わなかったり。

(追記:「あの神社」が祀っている対象についての部分に訂正あり)

そもそも熊楠の意見がどれだけ正しいのかすら全くウラを取っていないのですけど(←ダメじゃん!)一応これにのっとって書いてみます。まず神社の本体は神杜であると。

つまり神杜=神の杜=神である森というのがまずあって、そんでそれの正面というか顔の位置を明らかにするために神社=神の社=神を祭る館が作られたと。茶器とかでもいちいち正面っていうのがありますよね。通には分かるのでしょうが一般人にはわかりにくい。で、正面に印があると良いわけですな。その印が神社なわけですよ。だからたぶん原則的には一つの森には一つの神社しかないんじゃないですかね。

あと「森」っていうのがアレなわけで。モリ=盛り上がっているところ=ヤマでもあるわけですよ。そんでなんで盛り上がっている場所に木がいっぱい生えているのかというと、そういう場所は宅地や耕作地に向かないからですね。耕作地化していく過程で取り残されがちな場所であると。だから森信仰=山信仰でもあるわけですよ。山岳信仰とか聞くとすぐネパールとか思い浮かんでアレですけど、日本の山岳信仰って富士山みたいな特殊な例を除くとこういう山だか丘だかわからんような高地に残された森信仰なんじゃないかと思うわけで。

うーんと、たとえば食人の風習がある地域にはやっぱりそれが合理的であるような理由があるように、こういう森信仰が継続したのにも利点があったんだと想像できます。

で、それはたぶん(皆のものであるが、誰か個人のものではない土地としての)共有地として機能していたのではないかと。もっとも即物的に言えば、薪とか動植物とかの採取場所、そうしたものを得るための共同の資源としてみなされてたわけですね。あと水源とか色々。

で、そこから派生して、たとえば一個人の欲望で勝手に利用されて資源の枯渇を起こさないように共同体構成員同士が牽制する中で「神聖さ」の付与なんかがなされたのではないかと。かとかと。

っつーか余談ですけど実際山が死ぬと共同体も死にますからな。NHKプロジェクトXでもやってましたけど襟裳岬は一時期砂漠化してたわけで。原因は過度の森林伐採で山が死ぬ→海も死ぬって感じ。スナクタミ(砂を喰う民)とか呼ばれて非差別共同体化して崩壊したと。でも色々あって山が再生されたとき共同体も復活するわけですな。そんで奇蹟の流氷が・・・(←ヤベ、泣けてきた)。詳しくは該当情報をググるなどしてください。

あと、これと根本的には別系統だとは思うのですけど、ヤバい霊をそこに合祀してパワーだけいただきつつ無害化する・・・ってのも行われていたようなんですよね。小さい範囲、各村とかでもそういう共同体にとって脅威となりそうな対象は村の守り神である森に一体化させて、っつーか接ぎ木みたいなものですかね、なんかそうやって管理するというのをやってたのじゃないかな。で、あまりに大きいヤツは専用の場を設けたと。あと、共同体の構成員が何かその対象に後ろめたい思いを抱いている場合とかもね。

それが菅原道真の太宰府天満宮だったり(←めっさ祟ったらしいですな)、源氏の鶴岡八幡宮だったり(←結局北条家に亡き者にされてるわけで)、平将門の神田明神だったり(←今でも祟りまくってますな)するわけですよ。あと家康なんかも特別に日光東照宮に祀ったりしてますよね。このあたりにヒトを合祀するってのの起源があるんじゃないのかなーとか思ったり。

そんで、明治のあたりなんですけど、熊楠は共有地の森を国家が搾取するために神社を国家神道に組み込んだ、というような主張をしてたと思います。つまり殖産興業というか近代国民国家化していくために必要な資材として神社の本尊である森を伐採したかったと。で、そこで出てくるのが神社同士の合祀というものなわけですよ。

なんか各共同体の構成員の一部であった宮司さんとかを配置転換して、よそ者にとって変わらせて、森林資源を伐採しまくり、それでもあきたらず、ついでに共同体そのものの自立性もぶっとばして中央集権化を強化するために神社も合祀によって潰すと。

なんつーのでしょうねー、イメージとしては「もののけ姫」のラストって感じでしょうか。森=山=デーダラボッチ(ダイダラボッチだっけ?)の首が切り落とされてお花畑に変わってしまうとかいうのでしたよね。森が死ぬっていうのは耕地や宅地に変わることなわけですから。

そんで首は・・・残ってたっけ?忘れましたが、神杜の首=神社の痕跡みたいなものは一応合祀されても残るんですよね。あー、なんか石碑の小さいやつみたいなのが。

私も熊楠のこの文書を読んでからちょっと注意してみるようになったのですけど、現在残っている割と大きい神社には大抵そこに合祀された神社のデスマスクみたいな石碑が複数立ってますよ。確か神田明神なんて「墓地ですか?ここは」というくらい無数の石碑が段になって並んでましたわ。そんで昔の東京っつーか江戸にはたくさん森があったんだなーと思ったり。

で、そういうのはみんな潰された神社=神杜の痕跡なんですよね。要するに神社の合祀というのは神社の統廃合であって、それは神社の本尊である森林伐採と、それが要となっていた共同体の解体との両方を推進する装置というかアイディアというか、まあ、そういうものであったと。

そんで更に今話題になっているあの神社みたいに新たな国家共同体の要となるようなものも新設されてくるわけですな。ま、そういう意味ではあの神社はヤベー!ダメー!という主張はもっともであったりもするわけですよ。

ただですね、アレってそもそも戊辰戦争の死者を祀った神社じゃなかったでしたっけ?


靖国神社は、明治2年(1869)に明治天皇の思し召しによって、戊辰戦争(徳川幕府が倒れ、明治の新時代に生まれ変わる時に起った内戦)で斃れた人達を祀るために創建された。初め、東京招魂社と呼ばれたが、明治12年に靖国神社と改称されて今日に至っている。

って公式ページにもありますね。うーん、なんつーのでしょーねー、共同体の規模を国民国家に広げたときに、戊辰戦争の死者っていうのはアレですよ、上で書いた後ろめたい相手だとは思いますよ。特に滅ぼされた佐幕派の死者については。

ま、霊がどーの、っていうのは私はよくわからんですので、そういうのを回避しつつこれについて語ると、アレですな、佐幕派側の生者、あるいは彼らに心理的に加担する人々へのポーズとして、これは祀っておかないと倒幕派というか明治新政府の連中への恨みつらみが蓄積してヤバイことになって共同体の崩壊、国家の崩壊に繋がるという心配があったのではないかと。(訂正:佐幕派=賊軍の死者は祀られていないそうです。この記事にTBしてくださったid:plummetさんに御指摘いただきましたし、6月3日付けの朝日新聞朝刊の特集にもそのように書いてありました。)(←id:plummetさんはいいけど朝日がソースかよ!:笑)

今の日本に生きる私なんかにはよくわからんですけど、例えば会津(福島県)と長州(山口県)・薩摩(鹿児島県)あたりの人々の間には今でも痼りがあるとかないとか。

あとはアレですね、金沢の兼六園というのがあるんですけど、あそこになんか場違いな巨大ヤマトタケル像が立っているんですよ。ちょっと前のイグノーベル賞をとった日本人研究者のネタはその銅像にだけ鳩の糞が全く付いてないけどなぜか?ってとこからその素材の「ヒ素入り銅」が鳥避けになるとか考えたみたいですけどね。で、その像なんですけど 西南戦争の慰霊碑なんですよ。

ま、石川県の軍人の慰霊碑だ・・・とはいいますけどね。何も兼六園に雰囲気ぶち壊しなのにあんなものを作らなくてもいいのではないかと。でも恐らく作らざるを得なかったのでしょう。石川県というか金沢は武士の街だったわけで、明治新政府に対して不満を持つ士族は山のようにいたわけですな。それへの配慮があったのではないかと。というかそんだけ配慮せざるを得なかったくらいギリギリな感じだったんじゃないですかね。

で、あの神社もそういう空気の中でああいう存在になっていったのではないかと。新共同体、国民国家である明治新政府のための死者を激しく盛り上げつつ祀る装置として現世利益が(政府にとっては)あったのではないかと。かとかと。

えーと、長々書いてきましたけど、ちょっとまとめますか。

まずそもそもの神社は共同体の共有地としての森を守り、また地域共同体の構成員に対しての要(歴史の継続性の確認とか特異な死者の記憶装置とか諸々)となるものだった。

明治になって近代国民国家が形成される過程で多くの神社は合祀によって統廃合され、上記の機能を果たせなくなり、地域共同体は解体されて国家に回収されていった。要としての神社を壊すことでそれを促進した。

新共同体、国民国家である明治政府の構成員に対しての要(歴史の...略)として国家神道に組み込まれた新しい神社制度が行われる。そのもっとも目立った例が今問題になっているあの神社である。

大戦後も弱まりはしても国家という共同体の要としての神社という仕組みは維持され戦前から継続している。おそらくこの要を破壊して共同体を劇的に解体することはGHQも望まなかったのではないか。天皇制の維持継続とかも関係するかも。

Cの国やKの国や華僑があの神社を批判するのは要を壊して日本を解体したいと目論んでいるからだ!(←久々ですが...陰謀論大好きっ!)

というか少なくとも戦後直後に天皇制をどうするか、というか昭和天皇の責任をどう問うべきか?となったときにGHQが免責というか、所謂A級戦犯で処刑された人々を身代わりにする(←だから全く抗弁してないですよね、彼らは。彼らが暴走したからだ、としないと明治憲法下で唯一の主権者であった陛下が罪に問われてしまいますから)かわりに「国体の護持」ってのを黙認したのは日本がCの国やソ連のように共同体の崩壊=共産化するのを避ける目的があったのではないかと。

国家主権を放棄すべきだ!日本という国民国家共同体は解体すべきだ!・・・とは私は思わないので、あの神社に総理大臣が参拝することには問題はないんじゃないの?と思います。というか、Cの国とその手下たちの言いなりになって参拝をやめることは日本人がアジアで古来から覇権を握って来た中華帝国に飲み込まれることになりますよ、と言いたい。それで良いというヒトは実は多いのかもしれないけど。

などとまとめも長くなりすぎたなあ。

ええとですね、あともう一点補足。「東アジア共同体」とか言ってるヒトたちがいるじゃないですか。EUみたいなのを東アジアにも!って。でもね、そもそもEUの正体ってのはどうなの?とも思ったりするわけですよ。

本拠地がベルギーですよね。で、ベルギーって聞いたところじゃ貴族が割といっぱい住んでいるらしいじゃないですか。っつーかコスモポリタンとか世界市民(ぷ)とかってもともとヨーロッパの貴族みたいなヒトのことでさ、彼らには(ヨーロッパ内では)国境が無いというか、なんというか。だからEUってホントは貴族政治の復活じゃないの?とか単なる復古主義じゃないの?って感じもするんですよね。

で、東アジア共同体って言ったときにも、それは単にC国の覇権の復活じゃないの?と言いたい。日本にいるとピンと来ないけど、東南アジアとかでもどんだけ彼らが喰い込んでるか。インドネシアでもマレーシアでもそうだし、タイ人すらC国の血筋を誇ったりするんですよ。日本は彼らの影響は受けつつも飲み込まれていない希有な存在だったのに、このままではやられてしまう。ま、やられたいヒトもいるんだろうけどさ。

っていうか、明治から終戦までの日本の闘いには、まあもちろん日本のためというのは大前提だったわけだけど、西欧列強だけじゃなくて、長年支配者であった中華帝国からの(西と中央を除く)アジアの開放という要素も確かにあったのだとは思いますよ。

っつーことで、どーやったって、どっちかが滅ぶまで小休止を挟みつつも闘いは続くんじゃないかな。そして、非華僑である人間に関していえば、少なくとも現在のC国の覇権下には入りたくないとは思っているんじゃないのですかね。日本のサヨクを除くと。

だから首相は参拝し続けるべきなんじゃね?と思う。

ま、そんな感じ。

|

« 過去記事参照のための整理法(2) | Main | ココログが重すぎるので »

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 神社について:

» 神社について [罵愚と話そう「日本からの発言」@WebryBlog]
http://ccoe.cocolog-nifty.com/news/2005/05/post_3d2d.htmlへのTBです。  わたしは靖国神社は正真正銘の国家神道だと思います。国家神道を、神社神道と比較しても、この話題にはつながらない。むしろ、連続か破断壊かを議論するのなら、敗戦によって、日本の近代が断絶して戦後民主主義に移行したのか、あるいは、そこには連続性があったのかの議論が、本命だと思う。... [Read More]

Tracked on May 30, 2005 05:42 PM

» [観察記]立て、荒くれ者ども [世界の中心で左右をヲチするノケモノ]
 ヽ(`д´ )ノKの国についての本を以前紹介したときみたいに誰かのお役に立てるかもしれないし(ex.こちら→こちらなど)。現時点で想定しているのはこちら方面(←なんとなく最近は荒くれモノのツドイっぽくなってて言及するのはガクブルですが:笑)なんですけどね。 なんだとーヽ(`д´ )ノこんな紳士的なのに。  ちくしょう燃やしてやる。あっコメント欄がねーじゃねーか。じゃあしょうがねえ、TBの一発でもぶち込んでやるー。   ====  それだけではなんなのでレスポンスしてみよう。なんとなく、コメント欄の... [Read More]

Tracked on May 30, 2005 10:35 PM

» 靖国神社A級戦犯問題 [なんか良さげなあれこれと日々なんとなく思うこと]
昨日の「森岡厚労政務官発言」では触れなかったので、靖国について少々。 個人的には特定の宗教や思想に依拠した人間は大嫌いなので、靖国神社の伝統を絶対に守るべきだ!などという意見には与しません。 その上で、首相の靖国参拝ですが、個人的にはどうでもいです。 ... [Read More]

Tracked on June 01, 2005 05:43 PM

« 過去記事参照のための整理法(2) | Main | ココログが重すぎるので »