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ホラ強化システムとしてのマスコミ

だからダメなんじゃないかと思う今日この頃。

逆に言えばきちんとホラを検証してウラをしっかりとって「価値ある情報」というか「そのまま信じて大丈夫な情報」を提供してくれるんだったら十分需要があると思うんですよね。

ええと、ここらあたりの話なんかが若干関係あるかも。


近代社会が作り出した「マスメディア」は、そのような伝言ゲームを集約する機能を備えていました。つまり、Aが言った噂話、Bが言った噂話、Cが言った噂話……をすべて集約し、いちど「新聞が言った」「テレビが言った」という単一の発信者を通過させ、読者/視聴者に送り届ける機能をもったわけです。

マスコミの権威というのは単一の信用できる発信者というところにあったと。まあ、実際は出来た当初からデマばっかりなんだけど。

で、「「……とテレビが言っていた」が、しかしそれはマユツバだ」という(アイロニカルな)メタゲームは成り立っていたけどネット社会では以下のようになってしまうと。


僕たちをいま取り巻いているのは、「……とテレビが言っていた」だけではなく、「「……とテレビが言っていた」が、しかしそれはマユツバだと某が言っていた」「「「……とテレビが言っていた」が、しかしそれはマユツバだと某が言っていた」という発言こそがツリでしょう」「「「「……とテレビが言っていた」が、しかしそれはマユツバだと某が言っていた」という発言こそがツリでしょう」というシニカルなのも正直どうかと思うよ」といった無限のメタゲーム/伝言ゲームの囁きであり、このような状態では、もはや何を主張してもだれかよりはメタレベルだし、他方ほかのだれかにとってはネタでしかない。

そんでアイロニーすらも無化されてしまうと指摘しています。で、こんな何をやっても無駄な情報環境で「ひとは動物的に生きるしかない」と結論しているようです。

そうかなー、そーでもないんじゃないかなー、と私などは思うわけです。情報の評価(真か偽か)が宙吊りのままでいることを前提にしているからそーなんじゃないかなーとか思うわけですよ。

計算機で文の(品詞判別レベルよりも深く)構文解析というかツリーを作って行くときにも同じようなことがあって、なんというか人間だけじゃなくて計算機だってキツイわけですよ。非決定的というか可能性がある選択肢を軒並み保留しておくというのは。

で、最初の方で、つまりここの例だとテレビですけど、それがちゃんとウラを取ってもうギリギリくらいまで信用度を上げきった情報を提示すれば問題ないんじゃないの?とか思うわけですよ。それは「大きな物語」に頼らなくても可能ではないかと。

それと伝言ゲームがおかしくなるのは間にウソツキやイイカゲンなヤツが入るからで、それって絶対排除できない要素でも無いように思うのですよ。ウソツキのみ、正直者にウソツキ混じり、正直者のみという3グループに伝言ゲームをやらせてどのような差異が出るかとか実験してみるとハッキリした違いが出そうだし(←今は人権がどーのとかウルサイからこういう実験は許可でないと思うけど)。

なんかこう書いてしまうと結局私の意見は「マスコミが悪い!ウソツキ!」としか言ってない気もしますけどね。

「動物化」の話って私はきちんとそれについて述べられた著作を読んでいないので何も確かなことは言えないのですが、上で見た論旨というか分析の結果出てくるものって戦前の言論というか思想界の状況を鑑みるとシャレになってないというか、非常に既視感があるんですよね。

今では誰も読まないベルグソンとかがもてはやされた危うさというか。もう面倒だから直観で断言!みたい風潮が広がっては危険だと思う。近代の超克だの西田哲学だの。ありましたよね。

で、もうすでにその復活の片鱗はある気もするなあ。荒唐無稽なことを論拠無く言う人=インテリジェンスのある人、みたいなことを言う学者もいるわけで(←Taubについて述べてるあたりを御参照ください)。コワイコワイ。

うーんと、イヤミとか書いててもアレなのでもうちょっと具体的な話をしますか。「札幌から(略)」の高田記者さんはこんな風に書いてます


それだけ、世の中全般も、新聞社の仕組みも、実に複雑になっているのですから。もちろん、何事も「結果がすべて」です。外に向かって、「結果は出なかったけれど、それまでの努力を評価してくれ」というのは、甘えです。しかし、そうであっても、何かの物事を批判する際に、右か左か、シロかクロか、善か悪か、といった単純思考を用いるだけでは、プラスはないように思います。

ええとこれは簡単に「ダメ」とか言うな!とガ島通信さんのリアル新聞記事におけるマスメディア批判について答えたものの一部です。「実に複雑になっている」から簡単には改善できないというのはもっともです。あとイラクに行きさえすればまともな記事が書けるというのも間違いでしょう。文革のときに現地にいた朝日記者が何を書いたかは有名ですし。

そして「何かの物事を批判する際に、右か左か、シロかクロか、善か悪か、といった単純思考」とおっしゃっている点も複雑な問題の全体について段階を踏まずに二元論的に批判していることを指し示している分にはやはりその通りと思います。つまりガ島通信さんはダメだということです(←!)。

でも複雑な問題系は、その中身を細分して、その部分ごとに「真/偽」を単純思考で決定していく作業を重ねて行くという方法以外では解き得ないと思うのですがどうでしょう。

ものすごく膨大で複雑で非決定的な問題系を一気に解決しようとすると「根拠無く(動物化して/直観で/なんとなく)ダメとかイイとかイキナリいう」という行動を取り勝ちですが、解決可能な部分を一つずつ二元論的に決定して行く作業を繰り返すと一気にしぼんでいくようにも思えるんですけどね。

そしてそういう地道な作業、問題系の細部において非決定を決定に変えて行く・・・ということを行うことが大事なんじゃないかと。

で、高田記者さんはこう書いています。


私は、ここで縷々記したようなこと、すなわち、少しでも良い方向に変えていくこと、その努力を放棄しないこと(その結果に対する評価は数多くの読者にかかっている)で、その責任を果たしたいとと考えています。

その実践がここに出ている監視カメラについての記事なのでしょう。4名で書いているそうです。で、その記事を読むために北海道新聞を開いていて嫌なものを見つけました。

ええと、高田記者さんチームの「あなた見られてます」のサイズは15cm×24cmでした。で、私がこれから問題にしたい記事は同様にシリーズもので14cm×27cmの面積(笑)です。360と378ですから後者の方が大きいわけです。シリーズ名は「戦禍の記憶」。おそらく4名かそれ以上の記者さんたちが取り組んでいる企画なんでしょう。


八月十日、ソ連軍機が来襲。99式軽機関銃を据え、たこつぼに入ろうとした時、機銃掃射を受けた。(略)足の上の松の木に軽機関銃を据え、狙いを定めて三発発射。戦闘機は急上昇し。猛炎に包まれて沖合に落ちた。

と82歳小樽市在住のおじいさんが語っているものをそのまま載せているわけですよ。1942年に入隊しているらしいです。一等兵の古参に殴られたと言ってますから二等兵として入隊した人ですね。大きな活字で「『軍人精神たたきこむ』往復ビンタ20発」と「上官の暴力で顔変形」となってます。伝達ゲームをゆがめようという意図がそもそも見えますがまあ良いでしょう。

で、上に引用したのは1945年に樺太に先発隊として行ったときの戦闘だそうです。99式軽機関銃で対空射撃ですか。ふーん、もちろん出来るでしょうけど、それなら何かの上に置くのではなくて誰かがぶら下がらないとダメじゃないかしらん。仰角とれないし。

そんで確かに30発しか装填できないから3発しか撃たなかったというのもまあアレなんですけど、それで当てますか。そうですか。

この話を聞いた記者は少しもおかしいと思わなかったのだろうか?そしてこれに続いてこう語ったそうです。


十二日、見習士官が病床の私(伍長)のところに来て読み上げた。「武功真に抜群にして、方面軍司令部から特別の恩賜を授与。任官、陸軍中尉。授、正四位、勲四等、傷痍軍人年金証」などと。

おかしいと思わないのだろうか。記者はこの話を書いていて。

帝国陸軍ではどんな理由があっても二階級以上の超越進級は認めていない。平時でも戦時でも。また二階級の超越進級でさえその例は特殊なケースのみなわけですよ。

それなのに伍長が中尉に!

しかもたかだか3年目の兵卒が!っつーかこの「伍長」だってかなりアヤシイくらいなのに。爆弾三勇士ですら上等兵→伍長なわけで。すざまじいインフレだっつーの。

ええともしかして知らない人がいるかもしれないので一応階級についてチョロっと書いておきますか。二等兵→一等兵→上等兵→兵長→伍長→軍曹→曹長→准尉→少尉→中尉→大尉→少佐→中佐→大佐→少将→中将→大将→元帥・・・って感じ。それにそもそも進級定年というのがあってだな、一定年数経ないと簡単には次の階級に上がれないわけだし少佐以上は抜擢・・・っていうかそんなレベルのホラじゃねーもんな。

伍長から中尉っていうのは5階級特進なわけで、しかも将校、つまり准尉から後ろの階級になるためには士官学校出るとか色々しないとダメなんだよ。普通の会社で課長試験受けるとか役人でいえば一種とか二種とかそういう区分があるんだよ。ペーペーの兵卒がなんでいきなり中尉に任官されるんだっつーの。中隊指揮できんのかよ・・・というツッコミがなぜできん?


四八年十月に復員。中隊の人事係曹長から留守宅に送ると言われて受領印を押してきた俸給は一円も届いていなかった。勲章も無に帰す。(略)上官の証明がなく、傷痍軍人の手当は出なかった。

というか少なくとも伍長→中尉はホラでしょ。だから上官の証明も無いし恩給も出ないわけで。こんな荒唐無稽な話を記事にするならちゃんとウラをとるべきだと思う。「聞き手:上村英生」と書いてあるのでこの人に文責があるのだろうか。

とりあえずこの話の「真/偽」を明らかにして欲しい。ちゃんとウラをとって欲しい。高田記者さんとは関係のない部署の志の低い記者が書いたものなのかもしれないけど、こういうイイカゲンなことの積み重ねがおかしな伝言ゲーム、ホラ強化システムとしてのマスコミという評判を形成していって「マスゴミ」とか「マスコミはおしまいだ」というような評判を招いているのではなかろうか。

朝日新聞がやけに目立っているけど朝日だけの問題じゃないと思う。いちいち例示しないけど、ほんとに色々なジャンルの色々なことでこうしたウラをとらないイイカゲンな記事が溢れている。そのくせ変なバイアスだけはしっかりかかっているわけだし。

そしてこの状況は結局誰のためにもならなくなっているのだと思う。一々ホラかどうか、嘘かどうかを疑いながら宙吊りに保留したまま次々と情報が流れてくるのを受け止めなければいけないというのは精神的にキツい。少し前の朝日新聞で宮台先生がそういう宙吊り状況に耐えられないヤツらはダメ!とか言ってたけど普通無理なんじゃないかな。

イイカゲン耐えられなくなった人々が非常に単純な「何もかも××が悪い!」みたいな方に走らないともいいきれないし。

でも今いる新聞記者あるいはその仕事体制からいくと「情報保証機関」としてのマスコミを期待するなんてのは不可能なことなんでしょうかね。高田記者さんのお膝元でもコレなわけだし。


追記:上記の5階級特進(伍長→中尉)の件について高田さんからTBをいただきました。中国戦線とかではポツダム宣言受諾後に恩給狙いで進級があったと。

で、これは「ポツダム進級」というようです。たとえばこんな感じで。主に尉官以下に関して行われたもので、兵卒や下士官についても行われた模様ではあります。しかし1階級です。

またこちらにも以下のような記述があります。


陸軍兵長への進級はいわゆるポツダム進級である。この進級は通常と違い各部隊長の委任決裁であったので、全員進級させた部隊、選考して進級させた部隊、進級自体を実施しなかった部隊等まちまちである。
特に外地の捕虜収容所では待遇に影響したので進級した者としない者でわだかまりがあったりもしたらしい。又普通恩給(通称軍人恩給)も兵と下士官では差があったので、ポツダム伍長は得をしている。
終戦の混乱から兵籍簿や戦時名簿にこの進級の事実が記載されないことも多くあったようである。記載されていたとしても進駐軍に摂取されないよう焼却したり、記載しようとしても既に空襲により焼失している場合もあった。擲弾兵の兵籍簿にも兵長の進級は記されておらず、こういう場合は本人が最後は兵長だったと言うのであれば、それを信じるしかない。。
ちなみに現在でも各都道府県庁で保管されている陸軍兵籍簿は各県とも全体の6割ほどであるという。海軍兵籍簿は一括して厚生省が保管している。

つまり兵(二等兵、一等兵、上等兵、兵長)と下士官(伍長、軍曹、曹長)では待遇や恩給が違うので「ポツダム伍長」は得をしているということらしい。

で、これらを考慮しても伍長→中尉というのは考えられない。何か余程の「ウラとり」がなくては信用できない、と思います。どーなんでしょうね。大体「曹長→准尉」だってあったのかどうか。

こちらが進級全般に対して詳しいですかね。さて、問題の記事を書いた記者は最低この程度の知識はもった上で取材したのでしょうか。どーなんでしょうね(←虚空に投げかけた疑問)。

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「そんなnewsは犬も食わない」さんが、「ホラ強化システムとしてのマスコミ」というエントリを書かれ、その中で私のエントリを引用されています。「そんなnews」さんのエントリは、コメントが書けないようになっていますので、このエントリを立てました。 北海道新聞の記事についての問い合わせを頂いても、このブログではお答えしないようにしています。このブログ開設間もないころも書いたように思うのですが、ここは会社を代表するブログではありません。私はその立場にはありませんし、会社への質問や公式回答等は、当該セ... [Read More]

Tracked on April 25, 2005 08:01 PM

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