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人権擁護法案 「花の慶次」琉球編の怪

ええと、御無沙汰でございます。右手中指の爪がガッツリ縦に割れてしまって大変でございました。私の愛車はドアノブみたいな部分が指一本を差し込んで引っ張るタイプなものでして、中指を入れてグイとやったところ凍結してまして・・・ドアが開かず指がはじかれまして・・・気づいたら割れていたわけで・・・。

私は爪の形がなんというか縦長でマッターホルン系(←?)なので深爪しにくく、よくこの手の悲劇には見舞われるのですが、さすがにここまで見事に割れたことはなく、焦りましたよ・・・などと自分語り(←そうか?)をするとウザガラレルようですので、本題へ。

人権擁護法案については連日各所でシビアで専門的な議論が行われていますが、拙ブログでは例によって前回(=ジャングル黒べえ)に引き続きスジチガイ方面から絡みます。

昔、少年ジャンプで連載していた「花の慶次―雲のかなたに 」で原作では唐国(からくに=朝鮮)編だった部分が沖縄編というか琉球編に舞台変更された件について語ってみますわ。

ええと、「花の慶次」は隆慶一郎氏の小説「一夢庵風流記」というのを原作としたマンガです(←なんか新潮文庫版と集英社文庫版があるなあ。以下頁数は新潮版)。絵を担当というかマンガ化しているのは「北斗の拳」や「サイバーブルー」(←!)で有名な原哲夫さんです。ま、後者は全国の小学生に「ファック!」を流行らせただけで露と消えましたが。

そんで「花の慶次」というのは前田慶次郎という実在したけど実体がよくわかってない稀代の「かぶき者」の半生を描いたマンガなわけです。根強い人気もあって、まあこのあたりとか御覧ください。

で、今この文章を書いていて気づいたのですがマンガでは一貫して「前田慶次」って書いてますね。当時の雑誌掲載時のものが手元にないので最初からそうだったのか今ひとつわかりかねますが。やっぱり激しく史実らしきものから曲げてしまったので、名前も微妙に変えたのかしらん?

うーんと、どんなマンガなのかについて語ると長くなるのでさっそく本題へ。こちらのサイトにこんな記述があります。 


また、マンガの方も、続巻が出るたびに独立した作品として楽しませてもらった。物語は利休の切腹のあと、原作では朝鮮侵略のための偵察に慶次が朝鮮へ派遣されるのだが、マンガではイスパニアの謀略うごめく琉球へ渡ることになる。これが両者とも独立して楽しめるゆえんでもある。

ええと、この方は好意的に書いてますね。でもやっぱりダメだったんだと思いますよ。この変更は。前半の前田利家をおちょくる話の部分や、あんまりにもコケにしすぎてヤバいので京都に行って、今度は秀吉をコケにするあたりの小気味よさが全く失われてしまった感があります。

「かぶき者」っていうのはなんというのか、一見バカをやっているようで、実は大マジメにスジを通すというか、現実世界に対して一つの原理だけで全ツッパしているが故に浮いてしまうというか、なんかそういうところが清々しい感じを醸し出していたんですよね。

全体の構図としては一貫して「いくさ人」(←マンガでは「にん」とルビを振っていたけど「びと」じゃないのかなあ)と「文官」の対比なんですよ。前者を良いものと描いて、後者をダメなものとして描く。その単純さが良かったわけです。

「かぶき者」っていうのは「いくさ人」の極端に純化した形、理想型として描かれるわけですよ。裏表はなく、せこいことはしない。相手の身分や種族(←馬にも礼をつくす一方、エライヤツでもセコイヤツはぶっとばす)にはとらわれず、どんな相手にでもいきなり心を開くことで懐に入って行く。でも卑劣で薄汚いヤツには容赦しない。剛胆さと同時に細やかな心配りをする面があり、教養もある。信義に厚く友人は絶対に裏切らない等々。

秀吉はこういう性格の前田慶次郎に「かぶき御免状」っつーのを出すわけですな。度量の大っきさを見せるわけです。あとはタイプは違うけど慶次郎は直江兼継と仲良し。直江は家康にインネン付けられて「はぁ?悪いのはテメーだろうが!かかって来いや!ゴルァ!」という直江状を送りつけたり、相手の巨大さを一顧だにしないところはやっぱり「かぶき者」風なのかも?

んで、「文官」タイプっつーのはその真逆なわけですよ。いつもエライヤツの顔色を見ていて相手が下と思えば威張り散らす。正々堂々戦わず、セコイ陰謀や策略ばっかり張り巡らす。面従腹背。ま、雑魚では佐渡の本間一族がそうだし、石田三成とかもこっち系ですな。石田の場合は芯の部分は「いくさ人」なのだが、って感じで描かれてましたけど。

ええと、そんで小説の朝鮮編では何が描かれていたのかというと「この国には『いくさ人』はいない。文官が支配する国だ」ということを慶次郎が見聞するという話ですな。そんで当時より更に二百年前に滅亡している伽や(←にんべん+耶)国の末裔である伽姫を救って娶るわけですよ。


それは礼譲の国であり学芸の国だった。土地は豊かで風景はのびやかに美しく、住む人もまた美しい。彼等はいくさを好まず、平穏を愛した。だからこそ新羅の武力攻撃の前に、無残な敗北を喫したのである。(略)伽や(←にんべん+耶)国には数は少いが強剛の武人がいて、その面々はすべて鉄弓をひいたと伽姫の父はよく話したものだった。(pp.346-347)

そんで結局文官が支配する朝鮮の人々はどんななのかというと、歓迎する振りで酒盛りを開きつつ酔ったところを襲う魂胆だったりするわけですよ。でもバレバレなわけで、こんな会話になります。

「仁義がきいて呆れるぜ、将軍。汚らしい男だな」「黙れ!」李鎰が吼えた。「わしの専門はいくさだ!何としても、どんな汚い手を使っても勝ちを掴むのがいくさだ!仁義もへったくれもあるか!」悟洞の通訳でその言葉を聞いた慶次郎が大声で笑った。(p.371)

ま、実際にこんな会話がなされたというのが歴史的事実としてあるわけではないのですが両国の文化における「いくさ」観の違いは確かにこんなものでしょう。サッカーとか見ててもそうだもんな。

で、こんな話、つまり朝鮮編がなぜ入っているのかというと、あとの部分で石田三成を描く上で効いてくるからなんだと思います。帰国してから大阪城に呼び出されて、前田慶次郎は朝鮮の農夫の格好で現れるわけですよ。文句をいう石田三成に向かって以下のように言ってのけるわけですな。


「石田三成とも云われる者が、首一つ失うのがそれほどこわいか」三成は余の暴言に瞠目した。(略)「貴公たちは朝鮮が我が国に服属するもののごとく殿下に思い込ませて来たが、事実はあべこべだ。朝鮮の方が我が国が服属しているに等しい夷国だと信じている。貴公らは征明嚮導などと称し、朝鮮王国自ら明国征服の先兵となるなどと殿下に申し上げているが、朝鮮に対しては仮途入明、即ち明へ入るので道を借りたいと申し込み、それさえ拒否されているのが現実ではないか。ご承知ないかもしれぬが、世間ではこういうのを二枚舌と申す」三成は口が利けない。(p.420)

で、困った三成は以下のような卑屈な態度に出て「秀吉にはナイショにしてネ!」と頼むわけですが、それがかなえられないとわかるとダダッコになって鼻水吹き出すわけですよ。

三成は突然慶次郎の前に手をついて平伏した。頭を畳にすりつけた。「前田殿。この通りだ。お手前を武士と見てお願い申す」言葉つきまで一変している。傲岸な男ほど、必要とあらばこういう思い切った真似をするものだ。その典型的な例だった。(p.421)

ちなみにマンガの方では沖縄から帰ってきた前田慶次に三成が「朝鮮に行ってくれ」と頼むんだけど聞いてもらえなくてダダッコ&鼻水になるので一応このシーンはあるんだけど、全然意味が変わってくるわけですよ。

ダダッコ&鼻水と言えば時事ネタではこんなのとかこんなのとか、あとは山形県で起きたこんなのですかね、ここにネガティブ(笑)な解説がありますけど。

ちなみに前田慶次郎は友人である直江が仕えている上杉家のもとへ行くんですが、これって山形県に行ったわけで。ま、関係ないですけどね。

長々書きましたが、要するに「花の慶次」というマンガは原作の朝鮮編を沖縄編というか琉球編にしたために一貫性の無いヘンチクリンなストーリーになってしまった、と言いたいわけです。

では「なぜこんなことに?」ということなんですが、なんででしょうねえ(笑)。もちろん当時「沖縄ブーム」だったのでそれを当て込んだとか、色々考えられはします。原作にはない伊達政宗とのエピソードとか真田幸村とのエピソードとかも「有名キャラ」で人気を取りたかったとも考えられる。

でもですね、前者は確かに人気取りというかスケール感のためかもしれないですけど、真田幸村のエピソードは河原で芸をする傀儡子一族の話を幸村に置き換えたものがベースなんですよ。っつーか幸村の顔を長渕剛の顔にしているのがなんとも(ゲンナリ)。

なんとなく「ヤバイ方面からは撤退」系の判断なんじゃねーの?と思うわけですな。ま、長くなったのでこのあたりで話は閉めますが(←あれ?肝心な話は全然してないのでは?)、原哲夫さんは私の中では「ヘタレ」認定してますので「蒼天の拳」だっけ?描くのキンシー!男がどうとか描くの永久にキンシー!(←なんの権限があって・・・)

冗談はさておき(←最近こればっか)かなり前にチラっと見かけた「蒼天の拳」はなんだか馬賊が善人で、日本軍が「北斗の拳」のモヒカン連中みたいなキャラになって描かれてました。ま、何を描こうと勝手といえば勝手ですけど誰の方向を見て描いているのかな?とは思います。

絵を描く才能と知性みたいなものはまた別なんでしょうから、なんというか悪役に描いて問題がない方、抗議の来ない方を悪役に描いてしまっているだけなんでしょうけど、やっぱりバカなの?どーなのそれって?と思いますよ。

例の法案が通ったら、なんか悪役は常に日本人とかいうのが定番になったりしませんかね。杞憂とも思えんなあ。やっぱり法律の実効性より空気が心配ですよ。

ショージキウザイっす。なので法案反対!(←また妄想&欲望全開かっ!←シラネーヨ!)

ま、そんなところで。(←右手中指が使えないとキー打つのが大変。文もうまく走らねー)

追記:こちらに事情説明がありますね。


公式HPの管理人である大嶋氏が、『花の慶次』の脚本を担当した麻生未央氏よりの聞き取りによれば、「コミック化にあたり、当時、教科書問題等でお分かりのように歴史認識のズレが日韓間で微妙な問題となっていました。そこで、出版元(集英社)が朝鮮行きうんぬんはさけてほしいと要望してきた」というのが実情だったらしい。

具体的には、「南海にかかる虹!琉球の章」の連載が始まった平成4年(1992)当時、1月には宮沢首相が日韓首脳会談で日本の植民地支配と従軍慰安婦問題について謝罪し、同年7月には従軍慰安婦問題に関する調査結果が発表され、慰安所の設置や管理・運営に政府が関与していたことを日本政府が正式に認めたことを受けて、韓国側は歴史教科書の書き直しを要求した。麻生氏の発言は、このような時代背景を意味していたのである。


はーっ。

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