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朝日vsNHK論争 勝ったつもりで自爆

まずは不躾なコメントに丁寧に対応してくださった「札幌から ニュースの現場で考えること」さんに御礼を申し上げます。・・・といきなり書き出しては何のことかわけがわからんと思います。すみません。このエントリその2のコメント欄に今話題の朝日新聞vsNHKネタ関連で私が書き込みをしたわけです。「行儀よく&中立な感じで」ということをかなり心がけて書いたつもりだったのですが、逆に不気味な感じの文体に見えたかもしれません。

それはさておき(←さておくのか!)居座りブロガーが社会問題化している昨今、そういう存在と思われては心外ですのでコメント欄からは退散しつつ、でもまだ心配なネタが一つ残っているのでそれについて言及してTBしたいと思います。

で、私が心配というか気になるのは「時系列と因果関係は必ずしも同一ではないと考えています」と書かれている部分なんです。コレはちょっとマズイのではないかと。

上の部分をもう少し詳しく引用するとこんな感じです。


それ(=市販されている64分版ビデオで削除部分を確認すること)によって、安部氏とNHK幹部の面談後に番組がどう変わったかは検証できると思います。ただ、そこで証明できるのは「時系列」ではないでしょうか。時系列と因果関係は必ずしも同一ではないと考えています。

この文章を読むと「時系列の影響を受けない因果関係」があると言っているように受け取れます。因果関係は「原因→結果」という関係です。これは普通に考えれば時系列でなければ成り立たないと思います。今回の件でも「安倍氏とNHK幹部が面談した→番組が改変された」という方は問題にされていますが「番組が改変されて放送された→中川氏とNHK幹部が面談した」という方は因果関係が時系列上成り立たないとみなされています。

では時系列が入れ替わっていても因果関係が成り立つと主張するのはどういう論理でなのか?を私なりに推察すればそれは「予期」という要素が入っているということなのだと思います。

宮台真司「権力の予期理論 了解を媒介にした作動形式」をチラと眺めただけで適当に(←おそらく正確ではないと思うが彼らはいつもいい加減なことを言ってるのでお互い様←エエッ!)言うと「人物AがBという動作をしたいのだが人物Cがそれを快く思わないであろうという予期に基づいて自主的にDという行動を選択したとき人物Aと人物Cの間に権力関係が発生している」というようなもんじゃなかったでしょうか。

で、このとき「人物A」は「人物Cが行動Bを快く思わないであろう」という予期が原因となって「行動Dを自主的に選択」するわけですから人物Cと人物Aが行動Dを選択する以前に会っているいないに関係なく(←直接命令されたり要求されたりはしないということ)因果関係が成り立つということになります。

つまり「NHKは番組を改変せずに放送したいのだが安倍・中川両氏が快く思わないであろうという予期に基づいて自主的に改変した」という場合でも「政治圧力によって番組を改変した」という因果関係を主張できる!・・・となるわけです。

実際、朝日新聞自身の22日の社説や中日新聞の社説がこういう論調であったと聞いています。この論理は一見すると「政治介入はあったのだ」派に有利なように見えますが、実際は逆です。私がタイトルに書いたようにまさに「勝ったつもりで自爆」となる論理なのです。

トートロジーを避けること、そして常に反証可能性に開かれていること、というのはマトモな議論をするためには必須のルールだと私は思っています。上の論理で「政治介入」を捉えた場合、「政治介入が無かった」と見なされるため(=反証可能性)の条件はどのようなものになるでしょうか。

それは「番組内容に批判的な議員が存在せず、NHKが子会社の制作した番組に一切手を加えずそのまま放送した場合」のみです。もし「番組内容に批判的な議員が存在する」のであれば必然的にNHKには予期が生じますので「政治圧力」が発生してしまいます。また「政治圧力」が発生した条件下において「番組の改変」が行われれば、それがどういう意図によるかに関わらず「政治圧力の結果」と見なされてしまいます。

(補足・・・仮に該当するような議員が存在していなくても、この論理では「番組の改変」があれば何らかの予期が働いた可能性が疑われるため、「番組に批判的な議員」ではあるがNHK以外には知られていない人物がいるのでは?となる)

以上の考察により「番組に批判的な議員が存在する状況で改変があったのだから圧力があったのだ」という指摘を避けるにはまず「番組に批判的な議員が存在しない」ことが必要条件となります。ですが現実には安倍・中川両氏は存在しているわけです。これは避けられません。しかも彼らは番組が作られる前からああいう議員だったわけですから、逆に言えば「番組を作ること」こそが「安倍・中川両氏によるNHKへの政治圧力」を発生させたことにもなるわけです。

また「番組を一切改変しないで放送する」という方法で「NHKへの政治介入」だけを否定することは理論的に可能ですが、番組内容に著しい偏向があってそのまま放送された場合には政治介入は避けられても別の点(←公平性・不偏不党性)で法に触れることとなります。

こうした点からも実際にどのような番組が放送されようとしていたのか、をきちんと検討することが重要なのだと言えます。今回のケースにおいてNHKが放送する上で倫理的にも法的にも全く問題が無く、番組を改変せずそのまま放送することがNHKの「行動B」であることが誰にでも納得できる性質の番組であったのなら「改変された以上政治介入があった」ということも可能になるとは思います。

しかしやはり「時系列」という条件を外して「因果関係」を論じることは「議員の圧力によるNHKへの政治介入がなかった」とされる条件がほとんど起こりえない場合のみを想定している点でアンフェアだと思います。そのためこうした論理で「政治介入があった」と主張することそのものが不正な主張とみなされてしまうことになるでしょう。

まさしく「(サヨク名物)勝ったつもりで自爆」です。留意が必要ではないでしょうか。

追伸&私信:長々書いたので「札幌から ニュースの現場で考えること」さんがココまでお読みになるかどうかはわかりません。ですがなぜ私がいらぬオセッカイのようなことを延々しているのか動機についてちょっと申し上げておきます。

端的に言えば「札幌」の名を冠したブログだから、というものです。記者ブログはネット上で標的になりやすい上に(失礼な言い方でお気を悪くなさるかもしれませんが)ネット上でのケンカに滅法弱いという特質があるように見えます。その点を(私自身のことは全く棚に上げてますが)心配して「理論武装をしっかりなさった方が良いですよ」というつもりでコメントしました。私は全くの赤の他人ですが札幌市民ではあるので「札幌」の名を冠した記者ブログが「素晴らしき世界」のようなことになる姿だけは見たくないな、と思っています。

それでは。

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