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ゾンビ=普通のヒトたち?

たけくまブログでオモロイ話を振っていたいたので絡んでみます。永井豪先生がゾンビは何が面白いのかわからんとおっしゃっていたそうな。


たとえばドラキュラとかさ、鬼とか悪魔ならわかるんだよ。悪なりに意志が……人間に対する悪意があるじゃない。(略)でもゾンビはね、そもそも意志がないわけだし。とりつく島がないというかさ。ボク的にはあんまり来ないんだよね。でもそれを好きな人もいるわけで、そこがどうにもわからなくて……

で、竹熊さんはそれについて

永井作品のミソは、鬼とか悪魔のような、一般社会では「忌むべきものの側」に立場をとって、反対に「この社会」を眺めたらどうなるか、というものなわけでしょう。それはたぶんまったく違う光景が見えるわけだし、場合によっては「こちら側」が鬼とか悪魔に見えるかもしれないと。そういう逆転の発想がありますわね。
と書いておられます。その通りなんじゃないですかね。で、私なりにちょっとこの点を二項対立として整理してみるとこんな感じでしょうか。

普通の人間たち(多数派)<--->超能力を持つ鬼・悪魔(少数派)

そんで、ゾンビなんですけど

低能力のゾンビ(多数派)<--->普通の人間たち(少数派)

ってなりませんかね。竹熊さんは「それまでゾンビのことは次のサイトで勉強しておいてください」って書いているのですけど全く私は無視するわけですが(←!)ゾンビ映画のゾンビってまあ色々あるんでしょうけど基本的には何も考えてなくて、せいぜい生きている人間を襲ってそいつをゾンビ化させてゾンビ集団を増加させていく・・・っていう行動原理しかないんですよね?あと死体が動いているので死後硬直のせいか(←関節とか曲がりにくかったりしてさ)しりませんけど動作がトロイわけで。

で、鬼・悪魔もゾンビもどっちも普通の人間を基準にすると異形の存在なんですけど、前者がすばらしく能力が高いのに対して後者はむしろ普通よりも低いわけですよね。思考能力とか機敏性とか純粋な能力比較でいうと全然駄目なわけで。ただ不死身(←っつってももうすでに死んでいるからってだけで一種の開き直りですわね)なのと数が多い(そしてどこまでも増加していく・・・不死なので減らない)ところが強みなわけで。

これらのものたち同士の抗争が一応一方的にならない(←一方的すぎると物語にならないですからね)のは「能力が高いほど少数派」というカタチでバランスが取られているからなんでしょう。で、その点を考慮して二つの対立系を繋ぐと

能力低----------------------------->能力高
ゾンビ<--->普通の人間たち<--->鬼・悪魔
多数派----------------------------->少数派

となるわけです。で、何が言えるかというと「鬼・悪魔」側の視点から二項対立的に見ると「普通の人間たち」の中に「ゾンビ」も含まれてしまうということですよ。そんで「ゾンビ」とそれ以外で分けると「普通の人間たち」の中に「鬼・悪魔」も含まれると。

普通の人間=ゾンビとか突然いうとアレですけど望月峯太郎さんの「バタアシ金魚 」6巻でソノコちゃんが自分がゾンビになる夢を見て(←寝る前にDawn of the Deadを観たらしい)


やっぱカオルのギラギラした顔みてると・・・・・・・・あんな夢までみたってコトは・・・・今までのあたしってゾンビみたいな生き方をしてたってコトかしら・・・・

とか言ってますし。普通の高校生=ゾンビ、なわけで異常(?)だけど才能は無い(←「お茶の間 」読むと才能はあったっぽいですけど)カオルと対比されるわけです。カオルはこのマンガの時点では普通の人間なのか鬼・悪魔的存在なのかわからん感じになってます。強いていえば「鬼・悪魔に憧れている普通の人間」って感じでしょうか。

うーん、そんで永井豪先生みたいな才能あふれる少数派からみると「ゾンビ」的人種って見えないというか識別できないんじゃないのかな、と思ったりするわけです。低能力な多数派というところでは所謂「普通の人間」と差がわかんないわけで。永井先生はやっぱり鬼・悪魔=センセという感覚というか立場で描いていると思うんですよ。だから「普通の人間」より更に低能力な存在には全く感情移入できないのではないかと。

で、ゾンビ映画の場合なんですけど、ゾンビと戦うときに「普通の人間」は超能力を持つ鬼・悪魔が「無能で多数派な人間」と戦うときの苦しみというか気持ち(?)をダウングレードしたカタチで体験できるわけです(←ホントか?)。永井豪マンガを読んでワクワクするとき読者は鬼・悪魔に感情移入するわけですけど、よく考えてみるとリアルな自分は鬼・悪魔的存在(高能力を持った少数派)ではないわけで、それに気づくとちょっとシラケる。一方ゾンビ映画では無能なゾンビ集団に襲われる普通の人間に感情移入する分にはリアルな自分と齟齬はないわけだし。

一応感情のある人間たちでしたけど「デビルマン」の最後近くでミキちゃん家を襲ったゾンビ的連中と戦うときには普通の人間であるミキちゃんが永井マンガの鬼・悪魔的振る舞いをしたわけで(←魔女だって言ってたしね)。

これってアイドルとか俳優が雲の上のヒトじゃなくて隣のにーちゃん&ねーちゃん的にある時期から変わって行ったこととかと関係ないでしょうかね(←適当な指摘:笑)。

あ!でも「たけくまメモ」のエントリのタイトルは「ゾンビになりたい」ですもんね。襲われる人間じゃなくてゾンビの方に感情移入しているのか。何も考えない多数派集団に含まれたい!って願望なわけですよね。

そうなってくると、鬼・悪魔のような異能故に社会から疎外されているマイノリティとしての自分というのではなくて全くの無能(そして容姿等々からキモがられている)故に社会から疎外されている人々集団というのに感情移入しているわけか。そんでそういう自分が属する集団が肥大化してそうじゃない人々を飲み込んで追い詰めていくのが楽しいわけか・・・。

まさかゾンビ=キモヲタ?・・・ガクガクブルブル

追記:っていうよりゾンビ=ニート、の方がしっくりくるか・・・(←しっくりきたから何?:笑)

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