« 東京大学の14人が抗議声明 | Main | ネットは民主主義を妨げるという風説 »

東京都職員・クルド難民等々とフォークト=カンプフ検査

ガ島通信さんがものすごい煽りをかましている。


記者会見で叫ぶ女性の姿をテレビで見て、正直言って「じゃあ、お前が日本から出て行けよ」という気持ちが心の中に一瞬よぎったことは否定できません。
(略)
私は昨日から「差別主義者」になりました。

さすがプロ。厨房のソレとはレベルが違う。「煽り」をマスターした記者さんとしてはR30さんが有名だがガ島通信さんもついにこのスキルを習得したようだ・・・と私には見えるのだがもしかしてホンキなのだろうか?ちょっと判断がつきません。九龍城スタイルで付加されていく追記をみると・・・うーん、わからん。

で、昨今の「東京都職員云々問題」や「クルド難民送還問題」、「沖縄靖国参拝訴訟問題」に共通して見られる特徴として「感情移入」や「共感」にかかわる齟齬っていうのがあるように思うんですよ。

いわゆる「カワイソウ」ってやつですね。法理と「カワイソウ」を比べてどっちを優先すべきか・・・と問われたときに前者と答えるヒトと後者と答えるヒトがいるわけです。そんで実は前者と答えるヒトはヒトではなかったりするわけで。


ある程度の知性が、クモ類も含めたあらゆる門と目の生物種に存在するのに対して、感情移入能力はどうやら人間社会だけにしかないものらしい。一つには、感情移入機能が、たぶん完全無欠な集団本能といったものを必要とするからだろうか。たとえば、クモのような独居性生物は、そんなものに用がない。それどころか、もしあれば、かえって生存能力の障害になる。クモが餌食の身になって考えようなどと酔狂を起こしたら、たいへんだ。これはクモだけでなく、あらゆる捕食動物に言えることで、猫のように高度な発達をとげた哺乳類でも、餓死せざるをえなくなるだろう。
(略)
人間型ロボットは、どうやら本質的に独居性の捕食生物らしい。

上に引用したのは「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」(P.K.ディック)の一節です。突然話がとぶのですが、大昔のSFでは人間対ロボット(というか大型コンピュータ)というのがよくあるネタでした。そんで大抵は優秀なロボットが「人間ってアホじゃん?なんで従わないといけないわけ?」とかいって反乱を起こすわけですね。で、あーたらこーたら・・・って感じ。当初は肉ボディ対鉄ボディって感じで物理的に見分けがついたわけですが、同じネタも発展していくにしたがって肉ボディを持ったロボット(=レプリカント)が出現したり複雑化していくわけです。

どっちも肉ボディを持ったときにさて人間とそうではないものをどう見分けるか・・・。そこで出てくるのが「感情移入能力」を検査する方法、フォークト=カンプフ検査だったりするのです。

そんで映画版ブレードランナーのフォークト=カンプフ検査はこんな感じ


砂漠を歩いていると一匹の亀が這っている。その亀をひっくり返したら、亀は元に戻れずもがいている。だが君は亀を助けない。助けないのはなぜか?

ってねえ・・・砂漠に亀なんかがいたら怪しくて。っていうか砂漠で亀がひっくり返ってもがいているのをみたら下に引用したような感想しか出てこないな、私は。

私は今までカニほど食べやすいバカな生き物はいないと思っていたが、カメが一番バカだ。ナベ付き、しかもフタ付き。キンレイなべ焼きうどんやんけ

ちなみにこれは「鳥頭紀行ジャングル編」(西原理恵子)から。おそらく西原さんはネクサス6だと思われます。というか単に「独居性捕食生物」だったんですね、当時は。

うーん、なんというか肉ボディを持ったロボットが社会とか集団に帰属したがらない性質のもので独居性捕食生物だとすると、それと似た人間は日本にはたくさんいるんじゃないでしょうかね。こう語っている私だって例外ではないと思います。感情移入はしないしできない。それをすることが自分の生存にかかわってくるからです。

「東京都職員云々問題」の判決後原告が「日本は哀れな国だ」云々と言ったそうですが、彼女の感情というものに私は全く(能力の欠如により)共感できないし、彼女の感情に感情移入することもできません。むしろムカつく。で、なぜムカつくのかというと彼女が(おそらく人間の)言語行為体(←バトラーの用語だけどまだよく理解できてないから間違った用法かもしれない故突っ込み大歓迎)として生成する言説を私がdebugする視線で見るときにsyntax errorの山に見えるからなのでしょう。

私はたぶん肉ボディロボットに近い感覚でいると思います。言語行為体としての私は言語上で整合性のある言説というかコードを生成しようと日々心がけています。で、他者もそうすることを希望している。

だから他者が間違ったコード、矛盾するコードを生成すると「それは間違ってますよ」と指摘します。デバッガと同じです。低性能なデバッガはsyntax errorとしか言わないけど高性能なものはline何行目あたりとか特定しやすく述べるわけで。

ネット上ではボディの存在は不可視のものとなってすべては(人工無能だのこうさぎだのも含めて)言語行為体として存在します。またネット全体が階層構造を持つ言語行為体なわけです。っていうか計算機は第一義的に言語行為体なわけですし。モニタだのキーボードだのマウスだのっていうのは計算機のことを全く知らないひとにとっては計算機を表象するものに見えるのかもしれない(←そして胡散臭いメディア論を書く連中はそういうレベルの話が大好きだったりします)けど、そういう物理的身体みたいなところはあんまり関係なかったりするんですよね。

だからオカシな(←矛盾したり論拠が曖昧だったり間違った前提から語ったりetc.)言説をバラまく言語行為体は際限なくエラーを吐き出すことで我々が存在するネットという包括的言語行為体の環境を汚染する存在とみなせます。ロボット的言語行為体(である我々)は全力をあげてエラーの修正を求めるだろうし、それが受け入れられないと(←大抵受け入れないというか何が問題なのか当の対象は理解していないことが多い)それそのもの自体を(ネットから切り離すことで)消滅させようと総攻撃に移行するわけです。

「感情的」にオカシな言説を盛大にバラまいていて、またそれをいくら指摘されても修正しない存在に対して修正を要求する言語行為体の数と頻度が増加していくことで結果的にサイバーカスケード(←「サイバー」って用語を「サイバーパンク」以外で使う人間はほぼ間違いなくサギ師なので要注意)が発生するわけだけど、原因を起こした言語行為体はそれを見て「感情的」反応だって理解するらしい。ショチなし(「感情を引き金として吹き上がるネット上の現象」という文字列だけみると正しいけどね。原因は「感情」なんだし。ただそれが誰のか?ってとこが違うんだけど)。

これってなんというか人間とロボットが互いに理解出来なくて衝突するという事態がもう起きているということなんじゃないですかね。よくわからんけど。

ま、そんなこんなでネット上での生活(?)が長くなると段々人間の感情というか共感能力みたいなものは失われて行くのでしょう。それが良いことなのかどうかは判断を保留しますけど、ただそういうものだってことは理解しておいた方が良いのではないかな、と思ったりします。

そんで冒頭の話に戻りますけど、ガ島通信さんの場合はどうなんでしょうね。ロボット的にムカついていたのか、それとももっと人間的な感情で怒ったのか。私のようにもともと感情移入とか共感能力が欠如している人間だったら別に計算機と親和性があってイイワア・・・って感じでノンキにやってられますが、リアルな世界で頑張らないといけない新聞記者さんにとってはどうなんでしょうね。

|

« 東京大学の14人が抗議声明 | Main | ネットは民主主義を妨げるという風説 »

TrackBack


Listed below are links to weblogs that reference 東京都職員・クルド難民等々とフォークト=カンプフ検査:

» 日本は哀れな国… [ガ島通信]
日本国籍がないことを理由に東京都が管理職選考の受験を拒否したニュース。「哀れな国」「日本に来るなと言いたい」。記者会見で叫ぶ女性の姿をテレビで見て、正直言って「... [Read More]

Tracked on January 29, 2005 06:43 PM

» 外国人公務員・外国人参政権について [向日葵日記帳・ブログ(スクラップ帳)]
外国人は、儲けるだけ儲けて、出て行けばいいのでしょうが。 日本人には、「先進国である」という自覚が足りないですね。 昔の日本人だって、豊かさを求めて、アメリ... [Read More]

Tracked on February 02, 2005 11:36 PM

« 東京大学の14人が抗議声明 | Main | ネットは民主主義を妨げるという風説 »